映画『桐島、部活やめるってよ』紹介、青春映画を超えた私たちの過去の記憶をえぐる傑作[ネタバレ解説あり] - Cinema A La Carte

映画『桐島、部活やめるってよ』紹介、青春映画を超えた私たちの過去の記憶をえぐる傑作[ネタバレ解説あり]



『桐島、部活やめるってよ』の基本情報

タイトル
=桐島、部活やめるってよ

公開年
=2012年

監督
=吉田大八

出演
=神木隆之介
=橋本愛
=大後寿々花
=東出昌大
=清水くるみ
=山本美月、
=松岡茉優
=落合モトキ

公式サイト

ストーリー
とある田舎町の県立高校映画部に所属する前田涼也(神木隆之介)は、クラスの中では地味で目立たないものの、映画に対する情熱が人一倍強い人物だった。そんな彼の学校の生徒たちは、金曜日の放課後、いつもと変わらず部活に励み、一方暇を持て余す帰宅部がバスケに興じるなど、それぞれの日常を過ごしていた。ある日、学校で一番人気があるバレー部のキャプテン桐島が退部。それをきっかけに、各部やクラスの人間関係に動揺が広がり始めていく。

予告編





DVD/Blu-ray


原作本



この映画の感想と解説(長文)

素晴らしかった。面白かった。感動した。泣いた。
映画を褒める言葉をあれこれ並べても表現し切れないほど素晴らしい映画でした。
今まで観た日本映画で最も感動したと共に、これ以上の傑作はないと思いました。


本作は公開と同時に絶賛の嵐が巻き起こり、
2012年に公開された映画のベスト1位に上げる方も多かったです。
"青春映画"なんて言葉で片付けてはいけない、私たちの記憶を揺さぶる素晴らしい作品なのです。

しかし、どうやら映画の設定と同年代、つまり高校生にはイマイチな反応との情報も。
好き嫌いは人それぞれですが、なぜ高校生にイマイチの反応が多いのでしょうか。
これは当然といえば当然で、この映画は"青春映画"ではなく"青春映画の批評"だからです。

この表現は中森明夫氏がレビューツイートの中で書かれた言葉です。
その通りで、この映画は私たち大人が経験した高校生活を客観的に抽象化し、
あの頃に引き戻すのです。つまり"記憶"を刺激する映画なのです。

高校生活の"記憶"を刺激されるのですから、現在進行形の高校生にはピンとこないのです。
しかも本作は淡い思い出だけでなく残虐でリアルなあの頃の記憶を思い出させます。
高校生活は人ぞれぞれ、しかし抽象化された物語、登場人物の誰かに感情移入せざるを得ないのではないでしょうか。

そこには"青春物語"は存在しません。
いや、存在しているはずの"青春物語"が切り崩されていくのです。
その過程があまりにもリアル。

『あんなことあった!』
『あんな子いた!』
と思いながら、だんだんと記憶を思い出し、苦い気分にさせられます。


高校生活、みなさんのクラスには格差がありませんでしたか?

運動部>文化部
イケメン>ブサメン
美人&可愛い女子>ブス&地味な女子
お洒落&派手>地味&控えめ
恋人持ち>恋人無し



いじめではなくとも、クラスには優劣が何かしら存在していたと思います。
俗にいうスクールカーストです。
本作ではそれが抽象化された上でリアルに描かれています。

本作には映画タイトルになっている"桐島"は登場しません。
"桐島"というバレー部キャプテンで何でもでき、人気者のイケメン×彼女持ちが
部活をやめると言って姿を消す事で、桐島の周りの人間関係が崩れていくのです。

桐島はできる奴。
つまりスクールカーストのトップにいました。
トップを中心に、トップと絡んでいたカースト上層部の生徒たちは混乱に陥ります。

輝いて見えた上層部の生徒たちが輝きを失い、徐々に余裕が無くなっていきます。
たった一人、桐島が部活をやめただけなのに。
そして、物語が進むにつれて、その"スクールカースト"への問題提起が成されます。


実はスクールカーストなんてないんじゃないか?と。


スクールカーストの下であると思われた主人公で映画オタクの前田や映画部員たち、
ただひたむきに野球の練習に打ち込む野球部キャプテン、
彼らは桐島が部活をやめても関係なくしたいことをひたむきに続けます。



彼らに桐島なんて関係ないのです。
むしろ上層部の余裕が無くなるにつれて、下と思われていた彼らの輝きが増していきます。
というか、前田や映画部員たち、野球キャプテンは素直に生きていただけなのです。

それに比べて上層部の生徒たちは桐島に振り回されるだけ。
そこに自我はないとあざ笑うかのように。
"スクールカースト"は映画の最後完全に姿を消します。いや、幻想だったのでしょう。

"桐島=キリスト"という解釈をする方もいます。
なぜなら彼は唯一の存在であり、信仰されていた(慕われていた)からです。
これは言い過ぎな気もしますが、見えない存在である桐島は確かに"神格化"はされています。

桐島の親友であった宏樹はその影響を諸に受け、自らの中途半端さを痛感します。
彼女であった梨紗は無力で、彼女の面目丸つぶれ。
宏樹の彼女であった沙奈はそんな二人に必死にしがみつく嫌な女にしか見えず。



桐島が部活をやめたことによってレギュラーになった風助は期待に答えられず。
そんな風助に思いを寄せる実果もおかしくなる。
かすみは彼氏の存在を隠しながら周りの雰囲気に合わせて生き抜く。




神格化していたものが消え去った時、希望は無くなり、人は見えるものが変わるのです。
カーストは完全に崩れ、それが幻想であったことが明確になるのです。

そんな中、前田たち映画部は青春映画を撮ることをやめ、ゾンビ映画を撮ろうとします。
顧問は青春映画をリアリティと言い、ゾンビ映画はリアリティが無いといいます。
しかし言ってしまえば童貞の集まりである映画部には青春でさえリアリティがないのです。

つまり"学生=青春映画"が絶対的定義ではないのだ!
というメッセージをこの映画は発信するのです。
ゾンビ映画もリアリティがないと思う人もいるでしょうが、そんなことはないです。

前田は『先生はロメロ見たことあるのか?』と反論します。
ゾンビ映画とは現在の世相を反映させ、抽象化させ、それをゾンビとして描いているのです。

前田たちは隕石落下をゾンビ映画に取り入れます。
それは世界の終わりを体現してます。
その外、つまりカースト上層部では桐島不在による神格化された世界が崩壊していっているのです。



何て見事な構成なのでしょうか!!


そんな中カーストの外、下であるはずの吹奏楽部の亜矢は桐島不在の影響を受けます。
なぜなら桐島の親友の宏樹が好きだったから。
桐島の不在は、宏樹と彼女である沙奈に影響を与え、巡り巡って亜矢も傷つきます。



しかし、吹奏楽部の後輩は亜矢はきっとモテると助言します。
彼女は傷ついたけれど、最後は最も救われた登場人物でしょう。
とっても痛い恋心でしたが、彼女は確実に成長し、その姿には涙しました。

そしてクライマックスの人物入り乱れる大団円の名シーン!
これによりスクールカーストは完全に破壊され、崩れます。
映画部の大逆襲と言っても良いでしょう。映画史に残る名シーン。


その後の夕焼け、静かなるシーン。
映画部前田と宏樹は8ミリカメラを向け合います。

宏樹は前田に「将来はアカデミー賞監督ですか?」と尋ねるが
前田は「それはないかな。」と答えます。
しかし前田は好きで今映画を撮っているのです。だから彼は輝いて見えます。



その後、宏樹はカメラを向けられて自らを客観視し、自分には何も無いことを悟ります。
全てが中途半端は自分に気付いたのです。
野球部サボってる半帰宅部なのに野球カバンで学校に通う矛盾。
スポーツ万能、イケメン、彼女あり、モテ男、なのに何もない自分に気づきます。
桐島の影で何もない自分に気づいたのです。
そして涙する。桐島に最もすがっていたのは自分だと気づいたのです。

その後宏樹はどういう行動をしたかはわからずに映画は終了。
そしてエンドロールへ。
ここで私は訳もわからず涙が溢れました。

映画の詳細を汲み取ったからでも、感動したからでも無いです。
きっと映画を観て、過去の記憶が呼び起こされたのです。
そして楽しい記憶だけでなく辛く忘れてた記憶も思い出しました。

この映画の言葉ではありませんが、思い出した言葉があります。
"人間は記憶を忘れることはない。ただ思い出せないだけ。"
映画によって中高大の記憶を思い出させられたのです。

高校では文化部ながら割りとノリの良い帰宅部ポジにいましたが、
大学では映画を撮っていたので前田のポジでした。
あそこまでヘタレではありませんがw
なので様々共感でき、登場人物に自らの青春を照らし合わせました。

"映画館でバッタリ"はありませんでしたが、
自分が撮った映画の上映会に誘ってない子が来てくれて(以下自主規制w
青春してましたね、あの頃は(遠い目w



映画の余韻が過去の旅へと誘うのです。
何ていう映画でしょう。
ここまで記憶を刺激された映画は今までありません。


そして私たちが普段気付かないことをこの映画は気づかせてくれます。
今ある"周り"が"全ての世界"ではないのです。
この映画では"学校=世界"として描いています。

冷静に考えると私たちの高校生生活もそうでした。
学校が中心でその外の世界なんてある程度のところまでしか知りませんでした。
今だってそうです。身の回りだけが世界と認識しています。

しかし私たちの生きる地球には私たちの知らない世界の方が広大に広がってるのです。
この世にある全ての事象、私たち個人はその1%も掴み取ってないでしょう。
世界は広いです。その中には希望も絶望もある、そんなことも教えてくれる映画です。


映画の演出、構成、脚本、演技、主題歌、どれを取っても完璧な映画。
それらを褒め称えることも必要ですが、この映画の特性上レビューはこういった語り調になりました。
多くのレビューがこういう形を取ってるのを書いてみて納得しました。必然です。


悩み事を抱えている人の方がこの世には多いでしょう。
でも、この映画に言わせれば、

"それでも私たちは生きていかねばならない"

のです。